
ICTキャラバン隊~現場に会いに行くITヘルプデスク~
最終更新日:2026/10/08

株式会社建築技術
KENGI編集部
大成建設株式会社では、年間約200カ所の作業所を訪問し、現場におけるICTの活用やデジタルツールの定着を支援する「ICTキャラバン隊」の取り組みを行っています。
本記事では、同社の建築本部 生産技術イノベーション部 生産技術ソリューション推進室 室長 田中吉史氏へのインタビューをもとに、「ICTキャラバン隊」の取り組みと、その背景にある想いをひも解きます。
―これまでのご経歴と現在のお仕事を教えてください。
田中:大成建設に入社して31年になります。現場で施工管理を15年経験し、その後は本社で16年にわたりICTを担当してきました。現在は、生産性向上や働き方改革、ICT、DXに関わるさまざまな業務に携わっています。
僕のことを一番わかりやすく表しているのが、この「くるくるメジャー」です。テレビやネットでも取り上げられ、現場でも活用されています。従来のコンベックスが抱える課題を少しでも解消し、現場の仕事を楽しくするために生まれた商品です。


生産性向上や働き方改革、DXに向けた取り組みそのものが、ワクワク・イキイキとしたものでなければ
―田中さんが室長を務める「生産技術ソリューション推進室」は、どのような役割を担う部署なのでしょうか。
田中:生産技術ソリューション推進室は、「生産技術イノベーション部」にある3つの室のうちの一つです。ICTツールの普及推進を担う「ICTキャラバン隊」を組織し、全国の施工現場を支援しています。
ICTやDXが進む一方、支店や作業所に十分なICT人材がいるとは限りません。大規模な作業所でさえ、ICT担当者が不足することがあります。そこで、「困ったときにすぐ相談でき、問題を解決できる社内組織が必要だ」と考え、この体制をつくりました。
ICTキャラバン隊は、ICTスキルを持つ外部人材を中心に構成されています。全国の現場を、対面とリモートの両方で支援するチームです。現場で起きるICTの問題は、リモートでは解決ができないことも少なくありません。必要に応じて現地へ出向く、いわば「現場に会いに行くITヘルプデスク」です。

ICTキャラバン隊の活動風景 その1

ICTキャラバン隊の活動風景 その2
ICTキャラバン隊が広く知られるきっかけになったのは、新型コロナウイルスの感染拡大です。密を避けるため、社内のITサポートセンターが電話受付を停止した際、すぐに相談できるICTキャラバン隊がその役割を補いました。現場へ足を運ぶ存在として、次第に頼られるようになりました。
現在、ICTキャラバン隊は約100人。9割以上を外部メンバーが占める、社内でも珍しい組織です。
支店でも、人材不足や高齢化によってICTを展開・管理できる社員が減っています。そのため、本社で育成した人材を支店へ配置する取り組みも進めています。支店ごとに人材を確保するよりも、一定のスキルを持つ人を配置しやすく、効率的な運用につながります。
処理の遅いパソコンや不安定なネットワーク環境のままでは、現場の生産性は上がりません。ICTキャラバン隊は社内コンサルタントのような立場で、作業所に改善を提案しています。
―ツールを導入する前の環境づくりから支援しているのですね。
田中:ICTを推進するには、まず現場事務所のインフラを整え、次に利用するデバイスをそろえる必要があります。この2つが整って、初めてツールを展開できます。ネットワークの品質を確保し、iPadならOSのバージョンを一定に保つ。こうした土台がなければ、利用者の不満につながってしまいます。
業務委託契約を結んだITベンダーが作業所を回り、勉強会なども担当しています。各社のツールを現場へ直接提案できるため、担当者の意欲も高いですね。
紙からデジタルへの移行には、利用する人たちの理解と協力が欠かせません。定着するまで説明会を繰り返し、作業所で評価の高いツールを中心に支援しています。

ICTキャラバン隊の活動風景 その3
ドローンの活用も、僕たちの部署が担う仕事です。全国のどこかで、ほぼ毎週飛行しています。取材時には、熊本地震を受けた緊急点検の準備を進めていました。※1
※1 取材は2026年7月30日に実施。熊本県熊本地方では同年7月28日に地震が発生した。
ドローンと共に、パノラマ撮影も活用しています。ストック型社会を迎える中、点群データによる現場改善のほか、伝統建築物や既存事務所のウェルネス化工事などでも撮影技術を生かし、現場を支援してきました。
ICTキャラバン隊の活動は社内SNSで全社に公開し、旬の情報をこまめに発信しています。


ICTキャラバン隊の操作によるドローンの航空写真


Matterportによるパノラマ撮影
ーICTキャラバン隊の活動で、特に心がけていることはありますか。
田中:「ICTキャラバン隊に会うと何かもらえる」というのも、僕たちの売りです。「くるくるメジャー」も当社のノベルティとして作業所員に手渡しています。まず現場の人に少し笑ってもらい、それからITの話をしています。
ITの専門家が現場へ行き、いきなりITの話を始めると、身構えられてしまうことがあります。そこで、少しアナログで親しみやすいアイテムをきっかけに場を和らげてから、本題に入ります。
僕は、生産性向上や働き方改革、DXに向けた取り組みそのものが、ワクワク・イキイキとしたものでなければ本末転倒だと思っています。だからこそ、柔らかく、親しみやすいDXやIT化を意識して活動しています。
―「くるくるメジャー」は、見た目もとてもかわいらしいですね。
田中:今度お会いしたときに差し上げますよ。
―「心を柔らかくしてからITの話をする」という姿勢は、田中さんが普段から大切にしている考え方なのでしょうか。
田中:そうですね。僕は、ITサポートには介護サービスに通じるところがあると思っています。上から教えるのではなく、「隣で伴走しながら、一緒に進んでいきましょう」という支援のイメージです。
「これを使えば仕事が良くなりますよ」「もっとスムーズに、楽しくできますよ」と、横に寄り添って進めていく。その姿勢を大切にしています。
ICTキャラバン隊で特に活躍しているメンバーには、看護師や美容師など、異業種出身の人もいます。全員がIT畑の出身というわけではありません。高度なITスキルだけでなく、相手に寄り添い、「作業所の人と一緒にやっていこう」と思えるホスピタリティが重要です。それがICTキャラバン隊らしさだと感じています。
―これまでの活動で、特に大きなハードルを感じた時期やプロジェクトはありますか。
田中:本社でICTを担当してきた16年間を振り返ると、最初の頃が最も大変でした。
15~16年前は、スマートフォンがようやく普及し始めた頃で、現場でデジタルを使って仕事をすること自体がまだ一般的ではありませんでした。ICTキャラバン隊もなかったため、僕が一人で現場を回り、「クラウドはこれから標準になりそうですね」といった話をしていました。最初に畑を耕し、道をつくっていくような作業は大変でしたね。
10年ほどは、ひたすら土台をつくる活動が続きました。その後、大きな転換点になったのが新型コロナウイルスの感染拡大です。当時はWeb会議に不慣れな人も多く、「Zoomはどう使うのか」「Teamsとは何が違うのか」「マイクやスピーカーはどう設定するのか」といった基礎的な支援が重要でした。
そんな中、当時の上司が「現場の人が困らないよう、必要な場所へ行って支援してほしい」と背中を押してくれました。
出張が厳しく制限されていた時期でしたが、僕たちは特別な許可のもとで現場へ出向き、現場側と本社側の双方でWeb会議の設定を支援しました。コミュニケーションできる環境を一つずつ整える中で、「この人たちに頼めば何とかしてくれる」と信頼してもらえるようになりました。
「ネットにつながらない」と相談されれば、Starlinkを持ち込み、接続を試すこともありました。人と人がネット上でつながり、時間と場所を越えて仕事をするスタイルを根づかせる。その時期が、もう一つの試練であり転換点でした。
―全国の現場をつなぐ、インフラ整備の特別部隊のような役割だったのですね。
田中:そもそも、ネットにつながらなければ相談すらできません。「ネットに接続する」「画面を表示する」「Zoomを起動する」「IDとパスワードを入力する」といった前段階を越えなければ、その先の会話が成立しないのです。そこを対面とリモートの両方で支えることに、僕たちの役割があります。
効率だけを考えれば、「すべてリモートで対応すればよい」となりがちです。しかし現場では、「ネットにつなぐ」こと自体が難しい場合があります。
職人と社員では、使っている端末も、設定や操作方法も異なります。同じサービスでも、職人と監督で表示される管理画面が違うこともあります。現場へ行って初めて分かることが多いのです。そうした泥臭い現実と向き合い、次のステップへ進む前の段差を埋めることが大切です。
―会社が推進する方針と、現場の課題や意見。その両方を踏まえて技術を広げるために、どのようなことを意識していますか。
田中:僕たちのチームは、本社の中でも特に現場に近いところで動いていると思います。現場の人が不満や本音を話しやすい相手なのでしょう。
だからこそ、現場の思いを受け取りやすい立場にあります。その声を本社の視点で捉え直し、全体のバランスをどう取るかを考えます。
限られた現場の声だけでは、意見が偏ってしまいます。僕は全国の現場を回っているため、多様な声が集まります。社会のニーズや同業他社の考えも含めて俯瞰し、共通する課題を見極められる環境にいます。
「本社が決めたから、こうしなさい」と押しつけるのではなく、現場を下から支える。それが今の僕のスタイルです。

「昭和のアナログ」から「令和のデジタル」へ移る時代を、現場で体験してきた
―入社以来の31年間で、現場のICT環境やデジタル活用はどのように変化しましたか。
田中:こちらは、僕が10年間、全社員向けに発行している私設の社内報『月刊 生産性向上新聞』の2024年作成号です。僕が入社した1990年代は、Windows 95の登場を機にパソコンが普及し始めた時代でした。現場はほとんどが紙ベースで、写真もデジタルカメラではなくフィルムで管理していました。

『月刊 生産性向上新聞』2024年12月号
―建設現場のデジタル化の変遷が、ひと目で分かりますね。
田中:2000年代にはデジタルカメラやCADが普及し、現場の生産性が大きく変わりました。インターネット回線もISDNからADSLへ移り、通信速度が上がっていきました。
2010年代には、iPhoneやiPadを現場へ持ち込み、図面を確認するようになりました。その後、VRなどの活用も始まりました。
そして2020年、新型コロナウイルスの感染拡大を機に、デジタルに不慣れだった人も一斉に使わざるを得なくなりました。必要に迫られる中で、現場のデジタル活用は大きく前進しました。
アナログが中心だった現場から、デジタルなしでは仕事が成り立たない現場へ。この30年の変化は、ちょうど僕のキャリアと重なります。「昭和のアナログ」から「令和のデジタル」へ移る時代を、現場で体験してきたのだと感じます。
AI化が進むからこそ、建設業に人が集まってほしいし、集めていきたい。
―これからの建設業界を担う若手技術者に、期待していることを教えてください。
田中:「挑戦してほしい」ということです。
今は失敗が許されにくく、失敗を恐れがちな時代です。しかし、失敗を経験し、「どうすれば良くなるか」と考えなければ、社会も自分自身も変わらないと思います。
周りが自分を変えてくれるわけではありません。自分を変えられるのは自分だけで、そのためには挑戦が必要です。うまくいっている状態にとどまっていると、変わるきっかけも少なくなってしまいます。
だからこそ、「挑戦して、失敗して、考える」。考えているだけでは前に進まないので、まずやってみる。一歩進んだ場所から、また考える。その姿勢を大切にしてほしいですね。
―今後、建設業界がどのような業界になってほしいと考えていますか。
田中:生成AIやロボットによってさまざまな業界が変化する中、新たな仕事を探す人たちに、建設業へ来てほしいと思っています。
建設業は、フィジカルAIが進化しても、すべてを簡単にロボットへ置き換えられる業界ではありません。「人が、人のためにつくる」というプロセスは残ります。
AIが担う仕事が増えていく一方、現場で汗をかき、ものをつくる仕事には大きな楽しさと価値があります。みんなで力を合わせて一つのものをつくり上げる。そこには、建設業ならではの喜びがあります。
AI化が進むからこそ、建設業に人が集まってほしいし、集めていきたい。「みんなでものをつくるのはいいよね」と思える業界になれば、新たな働き手を受け入れ、人が活躍できる場所として残り続けるはずです。
将来、月面基地や火星基地をつくるときにも、人が快適に暮らせる環境をつくる仕事が必要です。そこで活躍できる人材が増えていくといいですね。
―最後に、現在の仕事で最もやりがいを感じる瞬間を教えてください。
田中:現場で働く人が、僕たちを見て笑ってくれたり、「いいね」と言ってくれたりする瞬間です。
ITアプリによって仕事が改善し、「いいね」と言ってもらえることもあります。「くるくるメジャー」を見て、「使ってみよう」と言ってもらえるのもうれしいですね。
以前、他社の方が「大成建設の田中さんから、これを見せてもらった」と話しているのを耳にしました。そうした社外への広がりや、人との縁、つながりを感じられるのがとても面白いです。
人と人のネットワークから、新しい価値やイノベーションが生まれていく。それは僕たちの部署のテーマでもあります。そうしたつながりが、社会全体を少しずつ良くしていくきっかけになればと思っています。現場でその手応えを感じられたときが、何よりうれしいですね。

―本日は、貴重なお話をありがとうございました。



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